■航路との出会い

わずか5千の兵で旗揚げし、反薫卓連合を呼びか
けてから中原を制すまでわずか10年。
この間の曹操の歴史は、まさに怒濤のごとしだ。
私は溺れつつ、悶えつつもなんとかこの大河の中を
生きている。そして"官渡"以降を見渡せば、 曹操の
流れの激しさは少しも変わらないのだが、 河底はさ
らに深くなる。 願わくば、 この巨大な自由人の笑顔
をつかまえたい。
王欣太〜蒼天航路16巻末
曹操の前半生を端的に自らの感想で表す、 欣太流
快活な文体である。 私と蒼天航路との出会いは、第
一話からで当時モーニング愛読者であった私の最初の印象は、荒削りだけど変った三国志
を書く人達だなとの印象だった。と同時に、毎週話が進むにつれ、その画力と原案に惹かれ
たのは言うまでもない。 実は、三国志自体はそれまで読んだことが無く(内容は理解)蒼天
航路から、三国志の内容を逆に精査していき、正史及び演義を読み込んでいったのが逆に
自分にとって良かったと王欣太氏と李學仁氏に感謝している。
■行動原理から見た優れた人物考

私が、著者に思う事は、正史や演義から引用をそのまま
書き写したりしない点である。
歴史を紐解くときには史実を忠実に精査し、考察し、当時
の英雄の考えを文献と照らし合わせ、 すり合わせを行う
のが多い中蒼天航路とは、史実とは何か、何故文献はあ
る事例について意味深な文章を残したのかまたそれは何
を問いかけているのかなど、著者なりにもう一度考え洗い
直し、自らの湧き出るアイディアと 自己に置き換えたエピ
ソードとして一度自由に解放してから書き示す。
まさに文献に出来ないところを画力で表現するその気迫
と、 読んでいる我々に問いかけるようなその言葉の力に
深く共感できる作品(漫画)は私の中で今までになかった。
人間及び当時の社会を現代的な解釈を理解したうえで、ときに冷徹にときに温和に当時生きた登場人物を現代の人々に彼らなりの解釈を入れて非常に明快に表現していると思う。
■リアリストの法家とマキャヴェリズム

人間の性や基本的な性質を抉り出し、白日の下に晒す表現も、どこ
かマキャヴェリズム的に取られかねない部分もありそれが曹操であ
り同時に、君主論的な人間とはそういったものだというのを客観的に
冷静にかつ分析し、捉えるあたりも忘れていない。
最近よく日本でも性善・性悪説などと言われて久しいが、良い悪いは
どうでも良く、 時には残忍な虐殺も行いまた才あれば罪人でもあろう
と使い切る運用の神経は、曹操の曹操たるゆえんである。 と考える
辺りも、君主たるもの国家が危機に陥った場合(国家存続の)目的の
ため、手段を選ぶべきではないとの解釈も当時の曹操なら正しくこう
注釈を入れたであろう表現を見事作品に反映し仕上げている。
人間として社会や経済(当時は、国家間領土争い) において時代を経
ても変らない本質的なものを追求する姿勢を本書からいつも感じられ
る点も読者が惹かれて止まないところでもあろうかと思う。 その変らない、いや変えてはいけな
いものは何か、また変えなければならないものとはなにか、それはまた現代にも通じ我々にも訴
えてくるものを感じる人々が、この作品を支えていたのかも知れないと私は思っている。
■評価と批判
蒼天航路 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この漫画は、三国志ファンからも漫画ファンからも高い評価を得ていて、「ネオ三国志」というキャッチコピーそのままの評価を受けていると言っていい。圧倒的な画力で描かれる、魅力的な登場人物のきる啖呵は爽快だといわれる。 その一方で「曹操を美化するために事実を意図的に曲解させている」「中立的な見方ではない」「結局三国志演義の、蜀一辺倒であった部分を、魏一辺倒にしただけではないか」等の批判がある。 また、違う方向からの批判として「原作者の李氏の死亡によって、ストーリーの現実性と幻想性と爽快感の絶妙なバランスが崩れ、王氏の漫画に度々見られる、現実性に欠けた作風になってしまった」というものもある。 ただし、これについては、「原作と漫画の内容は初期の頃から乖離していたので、原作者の死は作風の変化とは関係がない」という指摘もある。 しかしそれでも”善悪”で歴史を見るという史観から、曹操という人物を救おうとした漫画と評価でき、大抵の漫画が「三国志演義」をなぞった程度に過ぎないストーリーである中で、その存在は奇特とも異様とも言える。

評価と批判に関して思うことは、上記引用文
の解釈が最も的を射ていると、私見であるが
考えている。
たしかに曹操の人間像を注視する余り、曹操
を (陳寿の「非常の人、超世の傑」 (非常な
才能の持ち主であり、時代を超えた英雄であ
る)超人的な全知全能の人間と拡大解釈する
向きもしばしば散見されたが、 私はこれを好
意的に捉えている。
つまりは、 当時の人々の知識や思想以上の
ものを持ち合わせていたのも事実であろうと考
えられるし、結局彼は部下を惹きつける何か、
人間的に惚れさせる魅力を兼ね備えた人物に
思えて致し方ないと思う。
これは、文献による客観的評価と人間であり得
る心の琴線に直に触れ射るものだから、これは
私見で言わせてもらいたい。 そう感じる読者も
いれば幸いであるが。
人物的に話を進めるとこれは、創作の域を超えるものを創り上げたい気持ちが幻想的であったのは否めない。しかし、それを著者自身が楽しむ向きも散見される方向性も取られ、物語を史実と比較して楽しめる内容にも仕上がっているし、原作と漫画の内容の乖離については、私は素直に楽しめた。正史と歴史を重視する気持ちは分らないではない。元来優れた歴史巨編である限りは、著者自身の創作部分と史実との乖離を許容できない読み手には王欣太氏の独創性で惹かれた読み手でないかもしれない。 そういった潜在的なユーザーを掘り起こし、購読に引き込んだ作品性もやはり実力であると思う。(私は歴史や現実重視派であり、初期の乖離は最初は馴染めなかったが、少し読んですんなり世界観に入っていけた。)
そういった意味で、漫画にはない評価と批判を受ける作品もそうはない。
あえて三国志に挑んだ、著者の勇敢さと完遂力とそれを支える関係者やスタッフの心意気を私は買いたい。本書は、時代を超えて人々が創り上げた記録や記憶を辿り、著者の執筆はおそらく迷いや戸惑い、試行錯誤や困難の連続であったであろうと想像できる。連載は、去年の秋ごろに終了したが、人として何を成すべきか、またどうあるべきか、またどう生きるべきかを私の中で教えてくれた良書であるのは事実である。
■人物画参照先
蒼天考:蒼天航路考察サイト
■参照サイト
蒼天航路と正史
蒼天航路劇場
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蒼天航路書籍一覧
■参考情報 =============================================
■蒼天航路
『蒼天航路』(そうてんこうろ)は、1994年10月から2005年11月まで週刊モーニングで
連載されていた漫画である。
■曹操孟徳
曹操(そう そう、Cáo Cāo, 155年 - 220年)は中国後漢末の武将であり政治家、詩人である。字は孟徳、沛(はい)国譙(しょう)県(現在の安徽省亳州市)の人。幼名は、阿瞞また吉利。廟号は太祖。謚号は武皇帝。後世では魏武帝、魏武とも呼ばれる。父は曹嵩。曹嵩は夏侯氏であったが中常侍・大長秋曹騰の養子となり曹氏を継いだ(高位の宦官は養子をとって家名を存続することが可能だった)。曹氏の先祖は前漢の平陽侯曹参とされるが疑わしい。また、曹嵩の実家である夏侯氏の先祖は高祖劉邦の武将夏侯嬰とされている。魏将、夏侯惇、夏侯淵とは従兄弟にあたる。
■官渡の戦い
官渡の戦い(かんとのたたかい)は、中国後漢末期の200年に官渡(現在の河南省中牟の近く)に於いて曹操と袁紹との間に起きた戦い。赤壁の戦い・夷陵の戦いと共に『三国志』の時代の流れを決定付ける重要な戦いであった。狭義では、官渡で行われた戦いのみを差すが、広義では、袁紹と曹操の一連の抗争を含む大きな戦いである。白馬の戦いを前哨戦とし、袁紹の元に居た劉備は、汝南方面で攪乱戦を起こすなど、中原一帯を巻き込んでいた。
■人物記事一覧
三国志人物記事一覧(さんごくしじんぶつきじいちらん)は三国志(歴史書の『三国志』や小説『三国演義(俗称三国志演義)』)に登場する、あるいはそれに関係する人物を一覧する。(「三国志演義に於いては・・・」などと必ず書き、明確に区別すること。三国時代の始まりは220年。それ以前の人物は後漢末期の人物であって三国時代の人物ではない)
■正史三国志
三国志(さんごくし)は、中国の西晋代の人陳寿(233年-297年)により西暦280年〜290年頃に編纂された紀伝体の歴史書。後漢の混乱期から、西晋による三国統一までの三国時代についてほぼ同時代の人物によって書かれた重要な史料。個人の撰ではあるが、三国時代の歴史を扱う歴史書としては唯一、二十四史の一つに数えられた。
■三国志演義
三国志演義(さんごくしえんぎ)は、明の時代に書かれた中国の通俗歴史小説で、四大奇書の一つに数えられる。施耐庵あるいは羅貫中がそれまで行われてきた三国時代(220年 - 280年)を題材とする講談を集大成して創作されたとされる。
■君主論
君主論(くんしゅろん Il Principe)は、ニッコロ・マキャヴェッリがイタリア語で政治を論じた著作である。著名は直訳すると「指導者論」となるが、国家の指導者像、とりわけ君主を指しての意味が強いことから和名を「君主論」という。 1513−1514年に完成したと考えられている。1516年にウルビーノ公ロレンツォへの献上文を付して、友人のヴェットリに託された。写本で読まれ、マキャヴェッリの死後、1532年に刊行された。
■マキャヴェリズム
マキャヴェリズム(英:Machiavellism)とは、ルネサンス期に『君主論』を書いたマキャヴェッリに由来する言葉で、目的のためには手段を選ばない、目的は手段を正当化するといった権謀術数の意味で使われる。これはマキャヴェッリの言葉を断片的に捉えて解釈し、あるいは都合のよいように解釈した結果といえる。
■管理者だけの私的情報======================================
■司馬懿
司馬懿(しばい、179年 - 251年)は中国三国時代に魏に仕えた武将、軍師、政治家。字は仲達(ちゅうたつ)。男性。河内郡温県の名門の出で、司馬防の子。司馬家の八人の男子はあざなが「○達」であることから司馬八達と呼ばれ、その兄弟の中の次男である。兄に同じく魏に出仕した、司馬朗(字は伯達)が居る。弟に司馬孚、司馬馗、司馬恂、司馬進、司馬通、司馬敏がいる。『史記』の著者司馬遷とは、同族にあたる。 司馬師、司馬昭、司馬幹、司馬伷、司馬亮、司馬京、司馬駿、司馬榦、司馬肜、司馬倫などの父親でもある。
■晋書・高祖宣帝懿紀
司馬懿は、個人的に惹かれる人物である。
諸葛亮ファンに、恨まれそうであるが。
蒼天では、自分がイメージした人物像と著者が描いた人物像が見事一致しており、私の中では司馬懿の歴史的悪しきイメージは、正史からも感じ取れなかった。
諸葛亮の北伐を防ぎきった人物である為か、中国や自国ではイマイチ人気がない。
これは個人的な見解であり、あまり気にしないで下さい。
■蒋済
蒋済(しょうさい、188年?−?)は、魏の武将。字は子通。蒋秀の父、蒋凱の祖父。楊州楚国平阿の人。曹操の丞相主簿となった。曹操が合肥で孫権と戦って危機に陥ったとき、偽情報を孫権軍に流して曹操軍の危機を救った。曹操が関羽の猛攻を恐れて遷都しようとしたときは、司馬懿と共に反対した。その後も曹丕、曹叡に仕え、常に参謀的な役割を務めている。その功績により、太尉となった。
私もあの時代にいれば、こうした人物と中が良かったかも知れないと言う事で。
連れになっていたら、共に飲みたいなと。